2017年10月08日

2017 衣替え  他 

10月8日

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今朝(10月8日)も早く目覚め5時45分頃には宇治川辺に辿り着いていました。
満月から2~3日経過していますがほぼ丸いお月さまが西の空に見えました。

大空のとても幻想的な景色に見惚れながらの散歩となりました。
ちょっと枚数が多いですが・・・・・。

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西の方から東南の方向を見ています。
山裾の白い雲が水平に流れています。

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川向かいの南側の空模様です。

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だんだんと西側へ時計周りに!
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だんだんと西の山が見えてきます !
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上にはお月さまが見えます(6時14分頃)。

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西から北の方向へ、京都橘中学・高等学校の校舎も見えています。

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空の雲の流れにうっとり!

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毎日の様に見ている景色ですが、雲があたりを幻想的にしてくれています!
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今、6時23分頃ですがお月さまが太陽の光に消えていきそうです !
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6時28分頃にはもうお月様の姿は・・・・・。

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宇治川辺のススキが太陽の光に照らされて輝いていました !
三連休の中日の日曜日とあって散歩される人も少なくゆっくりと景色を楽しめました。

この日(10月8日)は昼間も天気が良くて暑いくらいでしたが、
先日から肌寒く感じて 秋・冬物衣類を用意せねばと思っておりましたのが、
ようやく半日かけて 衣替え が片付きヤレヤレでした。
が、それから2日経ても(10月10日)日中は暑く半袖暮らしです。

10月7日

昨日(10月7日)は 京都地名研究会 主催の
「宇治木幡に藤原氏の旧蹟を訪ねる」に参加してきました。

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当日(10月7日)の朝は雨が降っておりどうなることか心配しましたが、
雨天決行とのことで、JR木幡駅に集合しました。

今回主にご案内して頂く方は宇治観光ボランティアガイドクラブの
酒井源弘氏で京都地名研究会の理事だそうです。

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先ず最初に向かったのは ① 能化院 です。
過去にも何回か紹介していますので今回は省略します。

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次は ② 宇治陵総拝所
天皇家に縁ある(皇后等)方々の木幡周辺の墓を明治政府が
明治10年に整理統合したもので1号墳が総拝所で37号墳まで有ります。
続いて2号~3号墳も見学しました。

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カリン(花梨)の実の傍を通って許波多神社へ向かいます。
左側の土手が、昔、火薬工場への引き込み線路の跡。

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上は ③ 木幡の許波多神社の一の鳥居。
36号墳も見学。

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上は ④ 願行寺 。

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次に 32・33号墳へ。

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この小川は自宅近くの木幡池に注ぐ堂の川の上流です(上・下)。
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次は藤原道長が建立した浄妙寺跡地の木幡小学校へ(上)。

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上は木小学校内の運動場フェンス外に設置されていたもの。
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上は平成22年4月17日の発掘調査説明資料より。
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この日は、発掘調査にも関われた方(中島さん)からもご説明頂きました。

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小学校の校庭と隣接して茶畑があり、
その山の向こうに34号墳があるようです。
この墳(赤塚)は「夫婦塚」と云われ、御蔵山の中腹にあって
大きな円墳で、古来、藤原冬嗣の墓とつたえられているが、
近年、藤原道長の墓という説が出てきているそうです。
今回、残念ながら見にいけなかったので近々行ってみたい。

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上は正行寺 の由来書。

今回、ご案内して頂いた処は振り返りますと
① 能化院  ② 宇治陵総拝所  ③ 2・3号墳   ④ 許波多神社・36号墳
⑤ 願行寺  ⑥ 32・33号墳  ⑦ 木幡小学校  ⑧ 34号墳
⑨ 正覚院・長坂地蔵  ⑨ 正行寺  ⑩ 札の辻・六地蔵周辺
でした。いづれも地元で、過去の歴史探訪サークルで行った処でしたが
幹事で行くのと違い、気楽に参加させて頂いて良き思い出となりました。

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ご案内頂いた方々、ご参加頂いた皆様、お世話になり有難うございました。


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その日(10月7日土曜日)の夕食時、妻の友人の旦那様が
立派な太刀魚を釣られたとかご夫婦で車で届けて頂きました。

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早速、釣れたての太刀魚の刺身と
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翌日には炊いてとても美味しく頂きました。
Mさんご夫妻、誠に有難うございました。
posted by osamu ちゃん at 23:15| 京都 ☀| Comment(6) | くらし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

2017 中秋の名月  ほか

10月4日

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本日(10月4日)夕食時テレビを見ていたら本日は中秋の名月とか。
妻が帰宅するのを待って近くの公園まで名月を見に行ってきました。

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ズームアップしますと満月では無いようですが、とても綺麗です。

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ネット で見るとススキと中秋の名月上手に撮られてありました(上)。

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上は今朝(10月4日)の宇治川辺の散歩時の様子で、
この朝の曇り空から夜には中秋の名月が鑑賞できたのは良かったです。


10月1日

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本日から10月がスタート!  南誠の青婦会。
日曜日とあって、妻の運転で天理へ参拝。
いつもの様に回廊掃除ひのきしん、昼食後、
久方ぶりに皆様とご一緒に教祖・お墓地へ。

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東筋通りへ行く途中、イチョウの木には見事な銀杏がなっていましたヨ!

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兄貴の孫の小学校1年生のN君らほか大勢で参拝でき良かったです。

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その後、私ら夫婦は豊田山舎へ納骨されている
妻の祖母・伯母・叔父二人(以上船場)、
私の従兄・従兄嫁(以上東本)
の墓前へ参拝させて頂きました。
豊田山舎を管理されている人のお話では、
現在、納骨されている方が4万人をはるか超えているそうで
納骨された方々の順番によってパソコン整理されています。
例えば、妻の母方の祖母はNo.2800台
同上・母の姉はNo.24,900台
同上・母の弟上はNo.28,300台
同上・母の弟下はNo.38,000台
私の従兄嫁はNo.22,400台
同上・私の従兄はNo.34,500台
で、親族が一目で分かるようになっています。
素早く見れるので非常に便利で有り難いことでした。 御礼!

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帰路も奈良公園の横を通過して自宅へ。

自宅に戻り郵便受けを覗くと、なんと「上水道漏水の疑い」についての通知が。
宇治市では2ヶ月毎検針で、前年同期と比較して25%増加模様。
早速、水道メーターを確認するとパイロットの針が停止のはずが、
ゆっくりと数秒かかって1回転していました。

ポスト投函の知らせでは、漏水受付センターは
24時間受付と書かれていましたので、
早速、電話相談し業者手配をしました(15時45分頃)
業者からの電話が、16時17分頃あり
小1時間くらいして業者到着。
手洗い、炊事場等、各水道栓の処で
水漏れ音を聴診棒で確認されていた。
その結果、数十分で炊事場下が怪しいと
隣家との境の細い庭へ出てスコップで掘削。
どうも7年前と同じ箇所の模様(下:17時24分頃)。

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上の配管で一番右側が水道配管で、上側が水道源となります。
左横へ分岐して炊事場へ行く分と
真っ直ぐの別回路(現在不使用)になっています。
分岐した処からちょろちょろと水漏れしていました。

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上は水を勺で汲み上げた処です。
一番左側はガス管、
中央が風呂とガス湯沸かし器とをつなぐ管路
一番右側は上水・管路で
分岐・水平管路の左側が炊事場へつながっています。

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前回、漏水した時も古い管路が使用されているがと指摘されていたが
今回も同様な指摘しつつ、全面的な工事では無く応急措置で
進めることになりました(17時47分頃)。

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不使用の手前管路側は切り離してもらい
上水道管路と炊事場管路のみを接続してもらった。
上の時点で18時05分頃で廻りも相当暗くなったので
接合した部分に直ぐに重みをかけるのは危険と思い
後の土の埋め戻し等は、翌日(10月2日)私が実施することにした。

ただ、支払い等があるのではと業者に家の中へ入る様に
伝えたら、また、後日請求するとの事。
また、埋め戻し用のバケツは、また後日
取りに来るから玄関横へでも置いといてくれと云われた。

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上は10月2日6時06分頃
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上は翌朝(10月2日)小雨で散歩も途中で取りやめ
前夜の残工事の土の埋め戻し作業を実施した(6時29分頃完了)。

昨日(10月4日)、請求書だけは届いたが未だ、バケツは置いたまま。
個人業者は多忙でアチコチの用事で大変なのか?
ただ、いい加減なのか? 私にはとても不思議に感じて見ています。
が、水漏れ復旧工事だけは早急に対応してくれたので感謝しています。
posted by osamu ちゃん at 21:16| 京都 ☀| Comment(4) | くらし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月30日

2017年9月も最終日  ほか

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本日(9月30日 土曜日)は9月の最終日 !
ボチボチと秋の運動会の季節。

9月29日

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昨日(9月29日)は木幡公民館・高齢者教室・歴史探訪サークルから
大阪府・枚方市の史跡を訪ねてきました。
岡井先生をはじめ会員34名の参加を得て
楽しいひとときを過ごすことが出来ました。

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京阪電車・御殿山駅で下車。駅前でA幹事指導のもと
出発前のストレッチ体操です。

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先ずは ① 渚の院跡 へ出かけました。
今の渚保育所の施設付近一帯にあった由。
渚の院には桓武天皇等々この地へ狩等たびたび訪れられ
別荘的な場所としてあった模様。

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我々の団体の様子を見て渚保育園の先生が傍まで来て
フェンスの鍵を貸して下さり中まで入ることができました。

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渚院はその後、荒廃しましたが、寺院として真言宗観音寺として復活建立。
現在は鐘楼と梵鐘のみ残っており夫々、寛政8年(1796)と記されています。
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渚保育園の皆様、有難うございました。


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次は ② 百済寺跡 地へ。

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とても広い敷地で現在整備中の模様。
この百済寺は百済滅亡時わが国に亡命し百済王氏という
渡来系氏族の氏寺で氏神である百済王神社と東西に
並び建つのは珍しいとされる。

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上は百済王神社で、由来については1446年(文安3年)に著された
『百済王霊祠廟由諸』によれば、737年(天平9年) 百済王南典が病没し、
聖武天皇は百済王一族の霊を安置するため、
百済寺と百済王祠を建立した」とある由。

この後、木陰で仲間と昼食を兼ねて40分程度休憩。

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昼食後、上の様な枚方宿跡の街道を歩きました。

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枚方宿街道の途中、淀川資料館に寄って中を見学。
資料館ではビデオや説明看板を見たり。
その裏側は広大な淀川の景色でとても素晴らしい。

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上は鍵屋資料館で、以下はその説明書より。

江戸時代の枚方は、東海道の延長部“京街道”の宿場町。
また、伏見と大坂を結ぶ淀川舟運の中継港でもありました。
 旧枚方宿の町並みは、平成7年(1995)に
枚方市の歴史街道モデル事業地域に指定されており、
「市立枚方宿鍵屋資料館」は町並みのメインスポットとして
平成13年(2001)7月に開館。
水陸交通の要衝地として栄えた「枚方宿」の歴史を
紹介する唯一の展示施設。
 当資料館は、平成9年(1997)まで料理旅館であった「鍵屋」の建物を利用。
京街道に面していた「鍵屋」は、江戸時代には宿屋を営み、
また、幕末頃になると淀川 三十石船の「船待ち宿」としても繁盛。
近代以降は、枚方きっての料理旅館として、枚方周辺の人々に宴席の場を提供。

その後、皆様を京阪電車・枚方公園駅までお送りし、その近くで先生を含む有志で乾杯&反省会。
今回も無事終了し、ヤレヤレでした。


9月28日

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妻の古希の祝いの時に娘婿を通じてそのお父さんから頂いた
上記の 「桜奉行 : 出久根達郎 著」を読み終えました。
主人公の川路聖謨(かわじとしあきら) が
奈良奉行であったときの日記『寧府紀事(ねいふきじ)』をもとに構成され、
折々の出来事に加え、幕末の諸事情が語られ、興味深い読み物と
なっていてとても良かったと思います。


9月27日

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9月27日は大阪・京橋まで。
いつもの様に昼食後、大阪城周辺へ。
極楽橋から見た彼岸花と大阪城が似合っています。

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日本庭園の彼岸花もかろうじて残って色を添えていました。

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その後、淀殿と秀頼の墓前へ参拝してきました。


9月25日

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ベランダに新しい菊が仲間入りしました。


9月24日(日)

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妻はボランティアで留守なので昼ご飯は一人。
NHKのど自慢は阿蘇市から元気一杯とても素敵でした。
posted by osamu ちゃん at 20:22| 京都 ☀| Comment(2) | くらし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする