2014年04月30日

京都遍歴  水上勉 著

001 小学校の同窓会を開催するに当たって、幹事間でEメールをやりとりしておりましたら、標記の著書「京都遍歴 水上勉 著」に、我々同級生が生まれ育った 「六孫王神社界隈」・「東寺付近」・「八条坊城付近」 の事が掲載されている とご連絡を頂戴しました。 早速、図書館で検索したら、貸し出しOKとのことで、お借りし、読み終えました。

Img_20140430_0002 上は、その目次です。

Img_20140430_0003著者水上勉氏は大正8年(1919年)生まれ。9歳の時、貧困も有って臨済宗寺院相国寺へ小僧として入寺(左は昭和54年頃の相国寺塔頭瑞春院)。室町小学校5年入学尋常科を終えると般若林(のちの紫野中学)に入学、13歳途中から衣笠等持院であしかけ6年間世話になる。等持院は足利尊氏の墓所として有名だが軍国主義下では国賊尊氏の裔といわれ、当時、寂れていたが、住職笠源老師は広大な敷地を東亜キネマ等の映画撮影に貸されたりしていたので、結構、楽しい生活ができた模様。 しかし、その老師もご逝去され、脱走。(これらの経験がのちに『雁の寺』、『金閣炎上』の執筆に生かされたと記している)。 

その後、母の兄(伯父)が六孫王神社近くで下駄屋を営んでいることも有ってそこで住ませてもらいながら、その近くの才天堂(むぎわら膏等の薬販売店)で行商として働き、いっとき夜間の立命館大学に通った由。 この本によれば、昭和60年頃記載の伯父の店は、いま、間ぐち二間のせまい表をしもた屋にたたみ、二階には花模様のスリ硝子のはまったサッシの窓がしまっている。誰が住んでいるのかわからない。 「古いむかしのことだわな。あのころは、ここにドブ川があって、ロクソンの亀が泳いどったが・・・・・それも暗渠に変わってしもた」 八百信の三ばんめが私にいった。 (昭和60年記)

私も幼いころ、今は有りませんが八百屋の八百信で買い物をした思いでが残っています。ひとつひとつの文章が分り易く丁寧でとても懐かしく読むことができ嬉しいことでした。

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posted by osamu ちゃん at 14:48| Comment(6) | TrackBack(0) | 映画・テレビ・本 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

2014年4月 天理・月次祭 参拝 ほか

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002一昨日(26日)は天理へJRにて参拝。 天理駅前の地下道を歩いていると偶然にも近鉄電車で参拝に来られた叔母(87)がその妹と娘夫妻とご一緒の処に出合う。 叔母は足が少し悪いのでゆっくりしか歩けないと言いながら、欠かさずの参拝には頭が下がります。

上の画像はJR木幡駅近くの能化院の紅白のハナミズキ。

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004おつとめが終わって神殿講話は村田雄治 本部員。 24歳の時からブラジルへ赴任され、現在は2代目伝道庁長としてご活躍。初代伝道庁が大竹忠治郎氏で赴任されてまもなく第二次大戦が始まりブラジルの監獄で色々ご苦労も有った様ですが「ひのきしん精神」で乗り越えられた模様。 異国で永年の布教活動は大変なことと思わせて頂きます。 この日は快晴で暑さも厭わずベンチで講話を熱心に聴いておられる方もいましたが、私は上の画像の木陰で聞かして頂きました。

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0001c神殿講話の後、先日の造幣局桜の通り抜けメンバー3人で会食。途中、東大阪のFさんも参加され楽しい賑やかな懇親会となりました。

帰途、天理ギャラリーではいつもながらの素晴らしい作品ばかりですが、特に青山文治氏の「栗林公園百石松」、西薗和泉氏の「桜」、上田稔子氏の「教祖殿と梅」の作品に目が止まりました。 皆様、ありがとうございました。

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posted by osamu ちゃん at 15:56| Comment(2) | TrackBack(0) | おぢば ・ 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月23日

宇治川周辺散策 平等院鳳凰堂ほか

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009本日は好天に誘われ妻と一緒に宇治川周辺を散策してきました。 宇治川辺には菜の花が茂っています(上)。

川には白鷺もいます(左)。

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019上は宇治橋から塔の島方面で、工事はまだまだ続いている様です。

その手前では鵜が群がっているようです(左)。

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028宇治橋西詰めのサイゼリアで早めの昼食後、 平等院 へ(左)。

平等院HPに掲載されていますが、境内のフジは、枝整理のための剪定の影響で、今年はまったく花房がついておりませんが、正門前のフジは短いながら辛うじて花房をつけております(上)。

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039鳳凰堂の今回の修理は、平安時代から使われていたとみられる丹土(酸化鉄系の赤色顔料)で柱を塗り、瓦は光沢を出さずに仕上げたものにふきかえ、屋根上の鳳凰や金具類を金色にし、創建時(1053年)の平安の彩りを復元。中堂と両側の翼廊は修理が完了し、中堂の後ろにある尾廊は秋まで修理が続けられる由。

055 鳳凰堂の内部拝観をさせて頂いたのですが、中では撮影禁止なので外からズーム撮影した本尊阿弥陀如来座像(平安時代を代表する仏師定朝の作)を残して置きます(上)。

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057_2梵鐘は大気汚染による錆害など保存上の見地から取り外されて宝物館に収蔵され、鐘楼には新たに製作された復元模像が懸けられています(上)。

実物は鳳翔館で拝観できます。

その近くで休憩した場所の苔の景色はとても綺麗に感じました(左)。

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posted by osamu ちゃん at 20:02| Comment(4) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする