2014年01月30日

百歳日記  まど・みちお 著

006 昨日、娘と孫が幼稚園から帰る節に標記の本を届けてくれました。 まど・みちお さんは 「ぞうさん」の歌 の作詞家だそうですが、私は初めて知りました。 1909年(明治42年)11月16日生まれですから、今は104歳。

Img_20140130_0001 上は91歳の時の「トンチンカン夫婦」の詩。

息子さん(二男:昭和22年生)が私と同じ字の「osamu」で著者が99歳(2009年)の時に消化器の病気で亡くなっておられる(享年62歳)模様でその時の日記も掲載されていました。 この著書はその1年後に発行されておりますが、その項(お祈り)の中で

このようにして息子のことを一生懸命思い出すこともあるけれど、いろんな人のことを思い出すことが癖になっています。友だちのことなんかも思い出します。私は思い出すことがごく自然の祈りだと思っています。  そのときに思い出す人、思い浮かぶ人がぜんぶ幸せでありますようにと祈ります。耳が悪い人なら耳のこと、おなかが悪い人がいたらおなかのこと、よく知っている人については、その人の願いがかなうようにと。そうしてみんなのことを思い出すことがお祈りなのだと、私はずっと信じているのでございます。

とありました。とても心優しい人なのでしょうね。

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posted by osamu ちゃん at 21:55| Comment(6) | TrackBack(0) | ニュース・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月28日

生きる勇気 死ぬ元気  五木寛之&帯津良一 著 ほか

002 今年頂いた年賀状の中に 〝努めて「新老人」の生き方をしたいと思います(「新老人の思想」五木寛之 著)” と有りました。 早速、図書館に有るか検索した処、該当のは無く、標記の本(2009年5月25日初版)を見つけ早速借りて読み終えました。

五木寛之さんが1932(昭和7)年生まれ、帯津良一(医師)さんが1936(昭和11)年生まれ。お互いの生き方を尊敬され、対談の内容を読んでいて私も非常に共感を覚えました。

見出しだけでも記録に残して振り返りたいと思います。

はじめに ー 死を愉しく迎えるための人生 五木寛之 

・ 「人間というものは、オギャアと生まれたときから一歩一歩、死に向かって歩いていく旅人みたいなものです(小林秀雄)」   ・ 生と死の統合を目指すホリスティック医学の旗手、帯津さんには「虚空」という死後の世界のビジョンが明確にある。・・・・・帯津さんはまたとない水先案内人である。

第1章 覚悟ある生き方

Q1 死ぬ覚悟は必要か   Q2 何のための健康か、何のための養生か   Q3 ブッダはなぜ死について語ろうとしなかったのか   Q4 生きるということは、生きがいになるのか

第2章 理想の死に方

Q5 「死にごろ」を知るには   Q6 自分自身の「死にどき」とは   Q7 「うらやましい死にかた」はあるのか   Q8 なぜ「おくりびと」はヒットしたか   Q9 「死にどき」は、自分でコントロールできるか Q10 「あるがまま」がなぜよいか

第3章 最後の時間のすごしかた

Q11 人の余命はわかるのか   Q12 死ぬための戦略会議も必要か   Q13 ガン治療からの撤退とは   Q14 「達者でポックリ」しそこなったら・・・・・「近代文明の波にさらされていない未開の地では、老人は尊敬され、とくに痴呆の入った人は、神に近いとたいせつにされるそうですが、そのくらいのゆとりが、日本の社会にもほしいと思います。:五木」 

第4章 型破り、死の儀式のヒント

Q15 なぜ「死に場所」にこだわるのか   Q16 「野垂れ死に」は、ほんとうにみじめか   Q17 「自死」という方法は認められるか   Q18 死んだら肉体はどうなるのか   

第5章 まだ見ぬ「死後の世界」について

Q19 死後の世界は必ずあるのか   Q20 なぜ死後の世界が遠くなったのか   Q21 極楽浄土とはどんなところか   Q22 「浄土の感覚」をこの世で味わうのは可能か   Q23 「虚空」とは、どこにあるのか。そのイメージは   Q24 あの世では個性はなくなるのか   Q25 輪廻転生はあるのか

第6章 死の壁を超える養生とは

Q26 メメント・モリのすすめ   Q27 人の寿命は決まっているのか   Q28 この世は、地獄か極楽か   Q29 老いを認めて、楽しく生きるコツとは   Q30 老いの効用はあるか   Q31 死を超える生命とは

第7章 究極の生命エネルギーの高めかた

Q32 お経は、生命のエネルギーを高めるか   Q33 ホメオパシーは「よい死にかた」に効果的か   Q34 呼吸法で生命エネルギーを高める   Q35 死についてのファンタジーは有効か  Q36 自分の直感にしたがって生きる

あとがきにかえて ー 虚空という、もうひとつの生命   帯津良一 

医療とは本来、治しと癒しの統合の上に成り立つものだから、科学はもちろん必要にちがいないが、これは出来るだけ少なめに抑えておいて、直感(注:ベルクソンのいう哲学的直感)を前面に押し出したほうが、よい医療になるような気がしている。・・・・・私たちは科学のおかげで快適な生活を手に入れた。これはこれでありがたいことであるが、人間が生きていくためには、歓喜すなわち大いなる喜びと、快適さと、どちらが大事か? とベルクソンは問いかけ、それは大いなる喜びだろうと自答している。・・・・・私たちは死して後ち、虚空の懐に帰り、虚空と一体となるのだから、これのリハーサルが生命の躍動ということになる。・・・・・ホメオパシーと気功との共通項についてつらつら考えてみた。そこで閃いたのだ。そうか! 身心脱落だ! と。道元禅師の「身心脱落」である。・・・・・こうした思索と体験のなかで、私の死生観は形作られていき、生命の永遠性と死後の世界の存在を確信するに至ったのである。・・・・・そして、忘れもしない2009年・・・、この確信のゆるぎなさを示す大事件が・・・・・。

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posted by osamu ちゃん at 12:12| Comment(2) | TrackBack(0) | おぢば ・ 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする