2011年10月29日

墨染通りの史跡を訪ねる

P1230128

Image0009_2 昨日(28日)は公民館の歴史探訪サークルから京都市伏見区の

「墨染通りの史跡を訪ねる」に参加してきました。

講師は前回同様、京都府文化財保護指導委員 岡井毅芳先生です。

集合場所は 

① 京阪・六地蔵駅で、サークル員(82名)の当日出欠自由で46名の参加を得て先ずは 

② 大善寺(六地蔵寺) へ。

P1230132 P1230113

P1230129 P1230138

大善寺の地蔵菩薩像(重文・平安 写真・下左)は地蔵堂(写真・上右)に安置されておりました。像高1.6メートル、寄木造り、右手に錫杖、左手に宝珠を持つ等身像で小野篁が冥土で生身の地蔵尊を拝し、蘇生してのち、一木からつくった六地蔵の一といわれています。

これから坂道を上がりますので、空き地を利用して皆んなで簡単なストレッチ体操です(写真・下右)。

P1230141 次は ③ 伊豫親王巨幡墓 へ。

場所は大善寺背後の丘陵上に有ります。伊豫親王は桓武天皇の第三皇子。

親王の墓は「黄金塚」とよばれる長さ120メートルにおよぶ前方後円墳だったそうですが、前方部はすでに破壊されているようです。

P1230149 P1230150

桃山東小学校の北方約100mの地点(旧小字関山)が古代の ④ 木幡の関 (写真・上) のあったところと推定されています。古代には桃山丘陵(伏見山)の東面を木幡山と呼んでいて,そこを京と宇治を結ぶ官道が通じていた。秀吉の時代にこの道は土塁建設によって廃され八科峠を通る新道が開通され今の墨染通りとなっているようです。

P1230162 P1230169

P1230173P1230175_2 次は ⑤ 八科(ヤシナ)峠 です。

そこに歌人・引野収の妻・歌人・濱田陽子の歌碑「峠路はやすらぎに似て風吹けり石も木草もなべてかがやく   陽子」 が有りました。

ここは、今も松井医師宅の前で立派な構えでした。

八科峠の道標には

右は京みち、左は六ぢぞう と書かれておりました。                              P1230194P1230188_2    

次は ⑥ 仏国寺(写真・左) です。

寺伝によれば1678年黄檗万福寺の高泉和尚が起こし、後水尾上皇より「大円覚」の勅願を賜った由。

写真は高泉和尚銅碑(重文・江戸)です。

P1230191P1230190_2 境内背後の墓地には造園家として知られる小堀遠州の墓が有りました。

講師の先生も初めて見られたようでした。

P1230207 

次は昼食場所の ⑦ 北堀公園 です。小学校一年生の皆様がおりましたよ。

P1230208 002

なかなか素敵な公園で美味しく昼食を頂戴しました。

P1230210 P1230211

P1230213 P1230216

次は ⑧ 古御香宮 です。 社伝によれば、豊臣秀吉が伏見築城に際し、伏見大手筋にあった御香宮神社をこの地にうつし、城の鬼門除けの神として祀られたが、伏見城の破毀後、徳川家康によって再びもとの地にうつされた由。

P1230227 P1230224

その後、 ⑨ 旧奈良街道(JR藤森駅付近) に寄り墨染寺に向かいました。

P1230229P1230232_2

P1230239最後の 墨染寺(ボクセンジ)に着きました。深草山と号する日蓮宗の寺で、俗に「桜寺」とよばれる。

墨染桜は本堂の前に有り、この桜は平安時代の歌人が「墨染の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染す咲け」とうたったことから、墨染に咲くようになったといわれ、これに因んで寺を墨染寺といい、地名も墨染と呼ぶに至ったと伝えられています。

この日は快晴で、1万数千歩 楽しく歩くことができ嬉しいことでした。  

posted by osamu ちゃん at 22:52| Comment(6) | TrackBack(0) | 歴史探訪サークル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

おやさと講演会

P1230096

昨日は秋季大祭で天理まで夫婦で参拝し、神殿でおつとめ後、東講堂での「おやさと講座」を聞かせて頂きました。

P1230097 P1230099

P1230101 東講堂に至る道の傍らの桜や銀杏の木々が秋の気配を感じさせてくれます。

講師は加藤芳樹(大海理分教会長)先生と宇惠義昭(共成分教会前会長)先生で、会場はほぼ一杯で4〜5百人居られました。

講話の中で、特に印象に残りましたのは「つもりの落とし穴」という話で、例えば今回の東日本大震災での津波対策もそこの住民は十分やれていたつもりで有ったのがそうで無かったように、また、原子力対策もいざという時は「止めて」「冷やして」「閉じ込める」算段もうまくいかなかったように、いざ現実の目にみえていることにとらわれやすい行動をしているのでは無いか、一方、信仰も「つもり信仰」に陥りやすいのでは無いか・・・これだけしたつもり・・・で油断していると想定外の大きな落とし穴が有るのでは、・・・自慢が高慢にならないよう最後は神様に頼る・祈る心持ちが必要と説かれていることでした。

P1230105

P1230106

講話が終わって気持ちも清々しく教祖殿の前を通ると夕日が屋根に光って綺麗に見えました。桜の紅葉もとても見事でした。

P1230107 P1230110

帰路、奈良公園の傍を通ると鹿さんも元気に観光客と戯れているようでした[E:happy01]。

posted by osamu ちゃん at 10:18| Comment(8) | TrackBack(0) | おぢば ・ 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

2011年 秋の集い

P1220958

ここ数年、年に一度、同じ会社内で若かりし頃向学心に燃えていた青年有志の集いを中之島周辺で開催しており、一昨日(24日)参加してきました。京阪・淀屋橋駅を降りると今、知事・市長同時選挙で話題の大阪市役所が見えます。周辺の樹木の秋の色付きはこれからのようです。

P1220961

P1220967

いつものように開催場所の近くのお初天神さんで幹事の仲間と待ち合わせです。境内の清掃も行き届いており気持ちよく参拝させて頂きました。

P1220964 P1220965

境内には厄年の表も掲載されて居りますが、それは還暦までで、もうその年齢をはるかに超えて元気に暮らさせて頂く身を感謝せねばならないのに、私も含め皆、当たり前と思っているなぁと苦笑しております。

P1220971

P1220969 P1220972

吉田松陰の「親思う心にまさる親心けふの音づれ何と聞くらん」と親の子に対する愛の深さを感ずるとともに本居宣長の「人は生まれて死ぬまで神の恵みの中に居る」ことを忘れてはなりません。

開催時間の30分前になったので開催場所のがんこ曽根崎店へ向かう頃には、参加者の皆様がゾロゾロと集まってきました。私はJR大阪駅の方へは回っておりませんので知りませんが雰囲気がだいぶ変わったとか申されておる方もおられました。

P1220973 P1220974

会場は5階で2部屋での宴会が有り、隣接の部屋の方は敦賀市から大勢さん見えており、この宴会が終わったら「繁昌亭」へ行くんやと挨拶されていたようでした。

我々の宴会は、遠方の富山県からの参加者も含め予定の22名の参加を得て3時間、さらに有志のカラオケ組は2時間、懇談など楽しいひとときを過ごすことができました。参加者の皆様、誠にありがとうございました[E:happy01]。

20111024_2  

posted by osamu ちゃん at 19:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 会合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする